ザ・ジャングメン "風鈴峡" レビュー

1. 「春風のハイキング」

 ス:昭和のファミリー向けアニメのような明るいのんきな雰囲気がある短い曲だ。しかし、段々とリズムがぎこちなくなっていく電子ピアノ、まるで一人だけ洞窟の中にいるかのようなリバーブのかかったドラム、そして投げやりな音のベースは不穏さを感じさせるものになっている。アルバムの最初からすべての期待と予想を裏切るような音楽であることをかなり評価したくなる音楽であった。

 

2. 「自転車遊園」

 ス:壊れかけた車のエンジンたちのオーケストラのような音だ。しかしただのノイズにはとどまらず、リズムやメロディーを少しだけ感じさせるものになっており、ポップと前衛芸術の間の不気味の谷に位置するような曲だ。途中から謎のベースが入ってくるのも、いきなり高音が出てくるのもタイミングが素晴らしいし、ドラムも小さすぎると思わせておきながら実際は曲の基盤を強固にしている。このアルバムの最初の名曲である。

 

3. 「煌びやかな休憩」

 ス:耳鳴りのような高音のシンセからいきなりとんでもない低音が襲ってくる。その後いきなり普通っぽい音になったり、明らかにリバーブのかかりすぎなドラムが入ってきたり、リズムの合っていないシンセがきたりと、ここまで忙しい曲があっただろうか。シンセメロディはぎこちなく腑抜けで、他の要素と絡み合い高熱時の不安感のようなものを誘発する。最後は無音というのもなかなか乙だ。

 

4. 「階段」

 ス:素晴らしい低音の上に、階段を無気力に転がり落ちる小さい無数のビー玉のような、そんな音が続く不気味な曲だ。こんな階段は近づきたくない。太鼓のような音も、壊れた空襲警報のようなシンセも、不気味さを引き立てている。子どもに聴かせれば、夜寝れなくなるだろう。

 

5. 「雑誌を入手」

 ス:もう意味不明だ。壊れた医療器具みたいな高音を出すシンセ、申し訳程度のベース、井戸の奥底に沈んだかのように距離のあるストリングスはバランスもクソもない。しかし曲全体としては同じ要素だけなのにきっちりとした進展があり、飽きのないおもしろい曲になっている。他の曲に比べても聴きやすい印象があり、かなりいい曲だとここまでくると錯覚してしまいそうだ。

 

6. 「冴えない私」

 ス:なるほど確かに冴えない音だ。今までの電子的な音と違い生の楽器を使用しているが、耳に入るのはかろうじて音楽と認識できるような音の集合だ。ギターは戸惑ったようにおぼつかないし、ほうきのようなそんな音まで入っている。途中から入る謎の民族音楽的楽器も、音響デザインをすべて無視してホワイトノイズと共に急に現れたギターも、ここまでくると聴き手としては嬉しい唖然の状態になってしまう。よくわからないベースが曲を引っ張るのも、途中でベースと、おそらくもう一つのベースの呼応が楽しめるのもいい。最後に行くにつれ段々とテンポが速まり、緊張感が増すのも脱帽ものだ。名曲。そうとしか表現できない曲だ。

 

7. 「虹の汽車」
 ス:ポップな電子ドラムのリズムとイケイケな感じのシンセから始まり、やっとまともな曲が始まったと期待するがその期待はへなちょこでデカすぎるベースでぶち壊される。そのベースの裏でなるピコピコ音はキャッチーだが、妖怪のようなひょろひょろした音も同時になっているせいで不気味だ。冷戦時代のコンピュータが重大なバグを起こしているような音が鳴り終わるのはかなりセンスがいいし、それと共にファンシーな鉄琴のような音が入ってくるのもおもしろい。胃もたれしない程度のヘンテコさ、飽きないレベルの長さと構成、ザ・ジャングメンの長所が出ている曲である。

 

8. 「風鈴峡」
 ス:これもまた不気味だ。バレエ用の曲を電波ジャックを受けながら聴いている気分になる。肉を焼くような音、暴力的なスネアとストリングス、暴れ始めるピアノ、全部が恐ろしい情景を描きだしている。猟奇的という言葉がこれほどまで似合う音楽が、あっただろうか。

 

9. 「失われた消失」
 ス:海賊版スーファミソフトのBGMのようだ。ポップでキャッチーではあるのだが、どこかおぞましい違和感を感じてしまう。それは妙に主張の強いベースのせいかもしれないし、変に明るいメロディのせいかもしれない。しかし他の曲に比べて聴きやすくはあるのだが変化も少なく、よく言えば箸休めになる、悪く言えば箸にも棒にも掛からない曲である。これまでの流れから産まれた先入観を見事に裏切った曲、そう表現しておくのが最適だろうか。

 

10.「夕暮れ時」
 ス:作曲者が今まで経験した夕暮れ時はどんなものだったのだろうかと訊きたくなる曲だ。困惑したような電子ピアノの音と謎の物音、絶望したような音のストリングス、そしてそれを包み込む低音、いいちこのCMの哀しさと怖さをそれぞれ2乗したような雰囲気がある。段々音が大人しくなったり、けれどもまた存在感を見せたりという構成は、陽が沈みそうで、けれどもまだ薄明るいような、そんなぼやっとした夕暮れ時のイメージを感じさせる。美しい曲であると言っても問題はない。

 

11.「夜の渚」
 ス:踏切のように延々と繰り返すメロディに、獣の遠吠え、もしくは改造車の排気音のような音が、とても遠くから聞こえてくるみたいに籠った音で重なっている。考えれば意味不明なのだが、どこか直観的に懐かしい感じがする音楽だ。もうかすかにしか思い出せない記憶を、再投影させるような独特な雰囲気を持っていてとてもいい。素晴らしい曲だ。

 

12.「高飛車」

 ス:最後を飾るのにふさわしい曲だ。アルバム前半の過激さをほんの少しだけ残しながらも、後半のアンビエント的な路線を貫いている。ザ・ジャングメンの集大成と言える曲だろう。この曲は輪郭が曖昧でぼやけた情景を思い出させる。宮沢賢治の詩集に「心象スケッチ」というものがあったが、それこそこの曲にふさわしい言葉だ。ふわふわとふらつく掴みどころのない何かを、音楽に落とし込んだのだ。なんと美しい曲なのであろう。

 

総評

 ス:アルバム全体として聴くのは疲れるし、音は耳にとって辛いものも多く、連続では3曲聴いただけでギブアップしてしまうようなアルバムだった。けれども、そのへなちょこでアホな音たちの下にはポップなメロディや美しい音風景が隠れている。全体を通して音作りや音のバランスは統一感があったし、曲の中でもアルバム全体でもペースがよく、長すぎて飽きるといったことはなかった。ザ・ジャングメンは音楽でしか表現できない世界を見つけ、それをそのまま音楽として表現したように思う。そこにこのアルバムの魅力はある。他の音楽にはない、特別な魅力が。